2016-03-22から1日間の記事一覧

思想信条の問題

実害を検討するのは後回しにして、思想の問題として考えてみる。一般的な理解としては、ポストモダンはニューレフトだ。でも、近代、とりわけデモクラシーへの倦怠から近代の超克を構想する、ということになると、言葉遣いは難解であったり、左翼リベラル風…

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しかし改めて考えてみると、「一時の気の迷いで、一生を棒に振ることがないよう、切に願います。」というのは、役員による一般会員への脅迫(パワハラ)に該当してしまうのではないだろうか。当方は、なぜここにこういう文章を綴るのか、理由等をそのつど説…

言葉の牢獄

「べったり貼り付いたものを丁寧に剥がす行為は、レッテルを幾重にも貼り続ける粘着だと、しばしば誤認されます。まさしくこれこそが、過度の依存の兆候なのです」(スラヴォイ・ジジェク)

敷衍と編集:「粘着行為」というレッテルの背景

ひとつの事柄について、こうも言えるし、ああも言える、とパラフレーズしながら何事かを浮かび上がらせる、という論述の手法がある。テクストの精読を通じて教えられることが多いので「文系」固有の職人芸のように思われているところがありそうだが、数学者…

ゼロ年代の転機

日本音楽学会の全国大会で、伊東信宏、沼野雄司を後見人にして、吉田寛、増田聡が若手の本音をぶちまけるシンポジウムがかつてあった。あそこで何かが決壊して、そのハンドリングを間違えた結果が現在なのだろうと総括することができるかもしれない。今年で1…

「気づき」の限界

「理性もひとつのドグマである」。推論を積み重ねることで、理性という概念をそのように配置することが可能ではあるだろうと思うわけだが、しかし、そのような構図に「気づく」こと、そして、怪物に鏡でおのれの姿を見せつけるかのように、既に稼働している…

切り捨て御免?

先の一連の吉田寛氏の発言のなかで、最後の捨て台詞「一時の気の迷いで、一生を棒に振ることがないよう、切に願います。」が、私には何が言いたいのか、まったく理解できなかったのだが、あるいは彼は、「切り捨て御免」のつもりだったのか?「一国一城の主…

城と宿

「一国一城の主」という言葉があるが、さしずめ、大学とは学問の城、なのかもしれぬ。しかし、部外者にとっては、つかのまをそこで過ごす広間、せいぜい、宿に過ぎない。学会の世話役をしかるべき大学の専任教員が務めるのは、「一国一城の主」であると目さ…

映像環境と翻訳と「石頭」

Appleは音楽であれ映像であれ、CDやDVDのようなディスクの読み書きに頼らない環境にユーザを誘導する方針が明らかなわけだが、世間にはCDやDVDや、Appleが純正で頑として利用を補償しないブルーレイというものが現にある。しかもそれじゃあ、出力方法(ディ…