その時私は何を思ったか

私は、学会の委員の内部に「増田聡にも問題があった」という認識があり、今後の対策が講じられていくのであろうと考えていたので、その意味でも、私は吉田寛の今朝のツイートに呆れている。もし、学会が前向きにものを考えようとしているのであれば黙ってい…

不透明感

日本音楽学会西日本支部で昨年発表にエントリーして、その打ち合わせが進まないときに感じたのは、何よりも、学会の「不透明感」である。だから、委員のひとりである吉田寛さんが、組織の運営側の人間としてのコメントを出すより前に、学会運営についての具…

「怨恨」と「ゲンナリ」の分析

ひとつ前の記事に書いたように、私は「怨恨」で文章を書く人間ではないし、今回の一連の出来事で誰かが「ゲンナリ」したとしても、その責めを負う気はない。だが、吉田寛さんの側には、もしかすると「怨恨」と「ゲンナリ」の語が半ば反射的に思い浮かぶ事情…

「反実技」という病

吉田寛は、当初、この日記に「怨恨」という動機があると推定し、その後、この日記を「粘着行為」という匿名掲示板2ちゃんねる風の言い回しで形容しているが、私と増田聡と吉田寛が知り合ったのは1990年代半ば、まだこのような語彙が大学教員の日常語には登…

「観察」の来し方と行く末

吉田寛先生は、この日記について「怨恨か」という解釈を披露しているが、再三書いているように、この日記は、http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20160315 から派生している。「怨恨」という煽りは適切ではない。「常軌を逸している」という感想が生まれうると…

「観察」の限界

「パクリという批判は、商業的空間の中では、なんらかの対応を必要とし、まじめに受け取られることになるが 、むしろ、多数の人々が不断に『パクリ』を発見し、騒ぎ立てることがありふれたことになっていくことで、パクリという倫理的非難自体の効果はどんど…

「言いがかる」芸風

リアクション芸で生きる人は、誰かのアクションがないとなすすべがない。しかしこれでは商売あがったりなので、誰かが私にアクションを仕掛けてきた、と、難癖をつける。言いがかりは、増田聡さんの昔からの芸風ですが、落ち着いて対処すれば、どうというこ…

得意不得意

増田聡さんは、誰かの口癖を見つけ出すのが比較的得意で、そこを手がかりにして切り返す「技」をしばしば使うが、残念ながら、その口癖が思考や文体のなかでどのような役割を果たしているのか、分析するのは不得意なようだ。「口癖の検出」という返し技は、…

「べき」の範囲指定について

いろんな物事全てに「私はこうあるべきと考える」という態度を必ず示さなければならない強迫観念に囚われた人というのがたまにおる。 それは困った人だし、私にそういうところがあったとしたら反省しよう、と珍しく増田さんの発言を自分に振り向けてみた。私…

日記の移転

http://tsiraisi.hatenablog.com/

結論

数日集中して観察したわけだが、結局のところ、日本の大学教員というのは、あれくらいの年齢まで専任を務めると、もう、よほどのことがなければクビにはならない(かつて増田聡が鳴門教育大学の助手を周囲が驚く形で止めたのとは違って)というのが、現在の…

自転車文化論

増田聡が職場である大阪市立大学について語る定番の話題のひとつに「自転車の学内乗り入れに対する大学側の一方的な禁止措置に抗議する」というのがあるわけだが、これは、以前一度書いて消したように、 そもそも自転車文化は19世紀ブルジョワの楽しみに由来…

五代ではない、では誰なのか?

大阪市立大学の設置は1949年だが、1980年を創立100年と見なすのは、明治13年の大阪商業講習所開設を起点と見なしているようだ。(この時点で起源が「創られている」わけだから、なんだかなあ、という話だが。)開設における五代友厚の関与が限定的なんだとし…

ぶれない軸

内田樹は、自分が変わった(おじさんから左へ転向した)のではなく、世間が右へシフトしたのだ、と言いたげだが、では、そのぶれない軸は何かというと、サブカルチャーとオカルト(70年代風の)だと思う。

戦争怪談

「あなたには見えないんですか。ほら、そこにあるじゃないですか」「え、どこ、恐い、キャー」戦争を怪談に仕立てるのは止めて欲しい。戦争が起きなくても、あなたの知らない間に人は死にます。その恐怖は戦争特有ではありません。(=内田樹風霊感商法の実…

悪と罪の定義

問題発覚直後の、まだ、ほとぼりすら覚めていない段階で、ケロリとそのことを忘却してしまう振る舞いは、「無反省な居直り」=「故意の悪事」に分類されるので、意図しない過失より罪が重い。当人の脳天気と反比例して、弁護可能な余地が狭まり、信用失墜の…

認識と行為

学術雑誌の投稿論文の査読を依頼される、というような場合には、「誰が言ったかはどうでもいい。発言の内容だけで判断すべきだ」ということになるのだろうが、その学会の全国大会の案内を見ながら、学会に行くかどうか、どのセッションに顔を出すか、予定を…

revolutio という国際バズワード

「コペルニクス的転回」が「科学革命」の引き金を引いたかのような語り方があるけれど、Copernican revolution はドイツ語では Kopernikanische Wende で、革命 Revolution ではなく転換 Wende と呼ばれているようだし、カントの純粋理性批判には、「思考法…

「儀礼的」とは?

「挙証という行為はローマ的、西欧的な儀礼である」と言うときの「儀礼」は、どういう意味合いで言われているのか。おそらく、挙証の文化史のようなものを検証するときには、しかるべき歴史的・人類学的概念としての「儀礼」に照らして、それが論じられるこ…

Virtualをのぞき見る

足を踏まれて、「痛いなあ、誰だよ」と見上げると、その男はスマホに夢中で、他人の足を踏んだことにすら気付いていない。ということがあったとしたら、この男はいったい何に夢中になっているのか、「スマホの中身」に関心を抱いても、さほど不自然ではある…

「機能集団のなかで自ら動く」

という言い回しから、滅私奉公や愛社精神のようなものしか思い浮かばず、脊髄反射で反発するところから始めるような想像力の乏しい人とは、仕事したくない、と思うのが常識であろう。

増田聡は教祖ではない

ある時誰か(誰か達)が「嘘と本当はきっぱりと分けられその間など存在しない」と宣言した。それからオレたちは嘘と本当の間に高い壁を築き、その間について考えることをやめてしまったのだ と彼は書くわけだが、この文章を読んだ読者のうち、はたしていった…

虚実皮膜

日本音楽学会は虚実皮膜の境界を戯れるエンターテインメントではないし、増田聡の回答は、いかなる怠惰・遅延行為によっても忘却されることなく、無期限に待たれている。(=非生物を主語に立てる受動態)

見込み違いへの対応

先端的な研究は、たぶんこれでいけるだろう、という「見込み」でスタートするしかないので、どうしたって「見込み違い」が発生する。自然科学は、「見込み違い」だったときには撤退して、次のテーマにチャレンジして、「歩留まり率」で勝負するように、色々…

責任の押しつけを拒否します

下の記事を書くような人物が相手なので、先取りして宣言しておくが、もし、増田聡氏が、「白石知雄のものの言い方が悪かったから、私は彼の問い合わせを放置したのです」という風に、自身の虚言と怠慢の責任を私に押しつける戦術を採用した場合には、彼に宛…

「動く」とは?

彼の思考法がよくあらわれた発言なので、保存しておく。 「トップダウン」と独裁ってぜんぜん別のもんやと思うけど、「トップダウンでやりなさい」と指令を受けた役人根性のトップの人はなぜか知らんがほぼ必ず下々の話を聞き入れず独裁を始めてしまう。人を…

詐欺対応

與那覇潤がどういう風にペテン師ぶりを発揮したか、小谷野敦が分析している。 反米という病 なんとなく、リベラル作者: 小谷野敦出版社/メーカー: 飛鳥新社発売日: 2016/03/09メディア: 単行本(ソフトカバー)この商品を含むブログ (1件) を見る 與那覇潤は…

さばける/さばけてない

俗っぽい口語だが、最近マイブームである。音楽学会西日本の支部通信は、きっと、さばけた人たちが作ったんだろうな。とか、増田聡って、なんか、さばけてなくて、面倒くさい人だよね。という風に使う。 「じゃあ、千葉雅也は?」「う〜ん、ビミョー」

不穏

先日配信された日本音楽学会西日本支部支部通信の巻頭言に、 ある支部委員が「学会とはそもそも合理的なものではないので、合理化を推し進めることは矛盾している」と発言されていたことが印象に残っています との文言がある。巻頭言を執筆した先生が、こう…

厚顔無恥

私が、精華大の谷口くんに直接問い合わせしなかったのは、「例会担当委員」という役職が設けられているので、そのしくみを尊重したからである。担当委員は増田聡という人物であり、彼がいいかげんなことは既にわかっていたが、「今回は、最後のチャンスとし…