「やる」とは?

昔の人は何でもやったんですよね。思想も音楽も絵画も文学も。人類史の精神が「大人」になるに従って、ひとつのことに集中してあとは捨てることが「大人」だという神経症が人類規模で普通になった。

そもそも、分業の話をするときに芸術を引き合いに出すのは普通じゃないと思うが、「なんでもやる」というときの「やる」とは、どういうことなのだろう。幅広い領域に関心をもって、様々なことを学び、論じた人はいるだろうけれど、それは、今も昔も大して変わらないし、「分業」とは別の話ではないか?