「動く」とは?

彼の思考法がよくあらわれた発言なので、保存しておく。

「トップダウン」と独裁ってぜんぜん別のもんやと思うけど、「トップダウンでやりなさい」と指令を受けた役人根性のトップの人はなぜか知らんがほぼ必ず下々の話を聞き入れず独裁を始めてしまう。人を動かすことについてのイメージが貧しいからなのかな、とおもう

いちおう念のためにコメントしておくと、増田聡氏自身は、「人を動かす」という風に能動的な言葉遣いを採用しているが、実際には、彼が人間関係を観察するときの基本姿勢は、「そのようなやり方で、人はうまく動かされるかどうか」という受動態である可能性が高い。

そして、他者から彼自身に接触があった場合には、「そのやりかたでは、オレは“動かされない”/そういう言われると、“動かされる”」というように、やはり、受動態で把握していると推測される。

しかし、機能集団が個人に所定の役割を与える場合、その役割の範囲内での責任を負って、あなた自身の判断で、あなた自身が「動く」ことが求められる。対象との関係(使役・受動)ではなく、自ら動く/動かない、である。

さばけている、はそういう状態だと思う。

たぶん、彼はそういうことをうまく言葉にできない。不幸なことである。

「動かされない」(受動態)と「動かない」(さばけた状態)は、別の行為だが、彼の中には、「動く」がないのと連動して、「動かない」が存在しない。そして彼が、「あいつらはわかっていない」と言ってしまうのは、「動く/動かない」という軸が退化して、「動かす・動かされる・動かされない」(使役・受動)の軸で考えるのが習い性になってしまったせいではないか。

シンプルな「動く・動かない」を忘却して、ややこしい使役(動かす・動かされる)ばかりを考えてしまう状態は、応用問題を解くことばかりに熱中する「考えすぎ」と形容できるだろう。

(引用元は、「トップダウン」と「独裁」というキャッチーな単語を冒頭に出すが、結局、その違いを最後まで説明できない尻すぼみで終わる。例えば、「動かされない」を認めないであろう点で、「トップダウン」と「独裁」はさほど違わない。「動く・動かない」を入れて考えないと、両者の違いは説明できまい。)