「反実技」という病

吉田寛は、当初、この日記に「怨恨」という動機があると推定し、その後、この日記を「粘着行為」という匿名掲示板2ちゃんねる風の言い回しで形容しているが、私と増田聡と吉田寛が知り合ったのは1990年代半ば、まだこのような語彙が大学教員の日常語には登録されていなかった時期である。

渡辺裕が阪大音楽学に助教授として赴任した時期に大学院に進学した増田聡が、渡辺の東大美学への転任を機に、同研究室の同年代院生との関係を築こうとするなかで、吉田寛が阪大の大学院ゼミにゲストとして渡辺裕とともに来阪する機会があり、そこで私は吉田寛を知った。

増田、吉田両氏は知らないだろうが、それ以前の1980年代には、美学会全国大会のときに東大・京大・阪大の美学科有志による非公式の飲み会があった。旧帝大の教員・学生の交流会であり、要するに旧帝大の「学閥」の絆を確かめる集会である。この集会は、旧制高校世代の教授たちの退官とともに1990年代には消滅したようだが、増田やその周囲の院生が東大との交流に熱心なのを見て、私は、「学閥」というのはなくならないし、こういう風に、若い世代に蘇ってしまうのだなあ、と嫌な気がして、近寄らないようにしていた。

(美学研究室が音楽学専攻生を受け入れない京大美学とは疎遠だったので、伝統としての「学閥」の保守ということではなく、同じ教員の旧赴任地と新赴任地の学生の交流という形に「学閥再編」が起きてはいたが。)

もし、私に「怨恨」と誰かが推定したくなる何かがあるとしたら、おそらくそれは、「学閥」意識への愛憎だろう。

旧帝大の大講座を拠点とする「オールド・タイプ」であれ、師匠と弟子の個々のつながりによる疑似家族風の「ニュー・タイプ」(メンター制度の日本版だからグローバルだ、と曖昧に正当化されているのだろうか)であれ、私にはそれは、俗世の仁義以上の何かであるとは思われない。そう簡単に消滅しないだろうが、必要以上にコミットしたくない風習である。

少なくとも、「学問」にその影が過剰に射すことがないように、気をつけたいものだと考えている。

「学閥」が「学問」に影を射しうるとしたら、おそらくそれは、「学閥」が「学風」にリンクするという形になるだろう。

それでは、「阪大」「東大」の周囲に、そういうことが起きているかどうか?

私の知る限りでは、阪大音楽学は開設以来「実技に対する愛憎」がアキレス腱であり続けていたように思う。谷村晃は、「音楽学者も演奏しなければいけない」と様々なことを企画・実践する一方で、「実技の人たちは、こういうことがわからないのです」と、負け犬の遠吠えに聞こえかねないことを、実演家がいない音楽学の授業の場で学生に向けて言ってしまう人だった。

(谷村晃の関学時代の弟子にも阪大時代の弟子にも、こういうアンビバレンスを抱える人がいる。著作で具体的にその症例を確認できるという意味での典型として、岡田暁生がいる。)

阪大音楽学開設時に助教授として赴任してのちに教授になった山口修は、カラオケが上手で、ベラウなどでの調査時には、子供たちから、わらべうたを一緒に遊びながら上手に訊きだしたそうだから、たぶん、器用で勘が良いのだと思う。だが、数週間稽古に通っただけでその楽器についての論文を書いてしまうというように、自身の実技能力を研究に「密輸入」する傾向があり、私には、これはアンビバレンスのあまり健全な解法ではないように思えた。

そして1990年代、渡辺裕の赴任とわずか4年後の東大転出という慌ただしい時代が来て、増田聡と吉田寛が登場するわけだが、

阪大音楽学と東大音楽美学の蜜月、という、増田聡がかなり積極的に「絵を描いた」道筋は、「実技」の切り捨て(合宿などでの「余興・隠し芸」化)という、あまり幸福ではない結果を招いた。


(バレエ研究を希望する学生に、その人がバレエとともに幼少から「お稽古」していたピアノの腕前を合宿で披露させて、先輩たちが「お上手、お上手」と拍手する光景は、そのような教育を受けて育ちうる「階級」とその「実技」を同時に揶揄するパワハラ的な行為に他ならず、実に陰惨であった。ちなみに当該学生は女性であり、拍手して彼女を褒め称える大半は男性であった。)

その後、阪大音楽学には、いずれも大阪教育大学(「音楽実技」の教員養成講座)にいた根岸一美、伊東信宏が赴任して、かつての、高等遊民のダブルバインド風であったり、裏社会への隠蔽風であったり、マッチョな決断・抑圧風であったりした案件が、比較的冷静に処理されるようになった印象を受けるが(根岸、伊東両先生は学者であると同時に音楽評論も手がけているし……)、

増田、吉田両氏のその後の歩み(前者の「消費者・享受者」主義と後者の「観察者」主義)は、今となっては「期間限定」であり、他がありえない唯一の選択肢ではなかったはずの決断による宿題・積み残しを、まだ清算できていないところがあるのではないか、と私には見える。

(たとえば、吉田寛の「まあどの業界にもこういう手合いはいるのかもしれませんが」という話法は、自身が体験的・経験的に知り得ていることを含めて、すべてをマッチョに捻り切りたい性急な身振りだろう。そして私の言語活動を「芸風」と形容するのは、他者の実践を「余興・隠し芸」の側に押し込めてしまいたい欲動であると解釈することが、ひょっとすると可能かもしれない。)

むしろ、起きて当然のアンビバレンスは、清算するのではなく、「実技」系(実作者・製作者系)との協力に発想を切り替えたほうが、話が前向きになって、より多くの人が幸福になると思う。

もし、両氏が、このことにいつまでも固執する白石知雄に「ゲンナリする」というのであれば、それは私にとって、むしろ望むところなので、彼らの「ゲンナリ」がそう簡単が消えないように、そして、「粘着」という事後的な解釈でウヤムヤにならないように、今後も精進したいと思う。