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「怨恨」と「ゲンナリ」の分析

ひとつ前の記事に書いたように、私は「怨恨」で文章を書く人間ではないし、今回の一連の出来事で誰かが「ゲンナリ」したとしても、その責めを負う気はない。

だが、吉田寛さんの側には、もしかすると「怨恨」と「ゲンナリ」の語が半ば反射的に思い浮かぶ事情があったのかもしれないと思い当たったので、念のために、そのことについて書いておく。

ひとつは、私は誰かに「怨恨」を抱いてはいないが、私は彼の著作や彼が推奨する研究書に批判的なので、ひょっとすると、吉田さんの側が私に何らかの「怨恨」を抱いているかもしれない、ということである。だが、私は彼の著作にどういう疑問を抱き、彼が推奨する研究書のどういうところに批判的なのか、既に別途書いているので、それを理由に「逆恨み」されても、困るなあ、としか言いようがない。

次に「ゲンナリ」だが、先日配信された日本音楽学会西日本支部の支部通信をみると、支部通信担当委員は、神戸大の太田先生と立命館の吉田先生であるらしい。支部通信は、早めにできていたのに事情で発行が遅れて、なおかつ、表記に誤りがあったとのことで、再発行されるに至った。もしかすると、吉田先生は、西日本支部の運営にゲンナリして、その思いが、別の文脈ににじんでしまったのではないか。

(なお、私は先日の発表レジュメを太田先生に送ったが、期日には間に合わせたし、私の発表に関する表記の訂正は、発表前に言ってある。私は、支部通信発行をめぐる間際のドタバタとは無関係と考えてよさそうだ。)

西日本支部に関して、私が最近知って一番驚いたのは、会員数が西日本支部だけで数百人規模らしい、ということだ。会員の大半は大学の教員(元職を含む)か院生(元職を含む)のはずで、西日本の諸大学の講座構成を考えれば、近畿圏にあるような「キラキラ系」であったり「先端的」であったりするテーマを追っている人の割合は、それほど多くないと推察される。(時間があれば、名簿をもとに統計を取ればいいことだが、さすがにそれは個人的な関心でやるには大変過ぎる。)

委員に選ばれて運営実務を担当する人たちの傾向と、会員の実態がミスマッチなのではないだろうか。

「先端的」であったり「キラキラ」であったりする人は、研究者としてのアイデンティティとはおよそかけ離れた実務を、会員の総意でボランティアで「やらされている」と感じてしまいかねない構造になっている、ということだ。

的外れな推測かもしれないが、誰かが「ゲンナリ」していても不思議ではない。

そのように組織に蓄積する「ゲンナリ」のマグマが何かの拍子にあらぬ方向で暴発するとしたら、それは、もはや、当人が我慢すればいい話ではないと思うので、さっさと変えられることは変えましょう。