続・ロングシート問題

阪急電車では、ロングシートを「3+2+3」人がけに仕切った車両が導入されつつあるようだ(特急も各停も)。

こうなると、ロングシートに「詰めれば9人座れるのに7人しか座らない」問題に沿線の階級格差を見いだす流言が消滅してしまいそうなわけだが、階級格差を見いだした人たちは、この対応をどう考えているのだろう?

そして私は、ついでに是非とも教えて欲しいことがある。

  • (a) ロングシートに詰めて9人座らないのは阪神間近隣住民の嫌なところであり、階級格差の表れであると主張する人
  • (b) そんな単純な話なわけがあらへんがな、と取り合わない人

という意見の相違において、この(a)と(b)は、

http://togetter.com/li/966671

上のリンク先における「詭弁家」と「研究者」のそれぞれどちらに相当すると、あなたは考えるだろうか?

私は、(a) ロングシートに階級格差が現れる説=「詭弁家」、(b) んなわけあるかいな説=「研究者」という風に対応づけることができそうだと考えているのだが、

増田聡先生やその世代の方々の、故意なのか故意でないのかわからないけれど妙に乱反射しているように見えてしまう発言の数々を見ていると、

(a) ロングシートに階級格差が現れる説こそが人文学の良心であり、(b) んなわけあるかいな説こそが「デマ」である

と考えているようにも見える。つまり、人文学とは詭弁である、と言いたげであるように見えてしかたがない。

実際のところ、あの人たちの思考回路は、どこに何がどういう風に接続しているのでしょうか?